図南の翼」(となんのつばさ) 

小野不由美(講談社文庫・講談社X文庫ティーンズハート)


元気が出る極上のファンタジー


 小野不由美はホラー系の少女小説を書いていた人だが、十二国記シリーズから新展開。
 「東亰異聞」(とうけいいぶん)(新潮社)でファンタジー大賞最終候補に。
 ホラー小説「屍鬼」(しき)(新潮社)はベストセラーになったので、ご存知の方も多いのでは。
 十二国記シリーズも少女ラインのX文庫から普通の講談社文庫に。こういうのって他に例がない。(格上げって言うのか?) 内容的にも近作はさらに大人向けになってるようですね。

 ファンタジーと聞いただけで引いてしまう人も、まあ読んでみてください。
 最近そこらに転がってる、美男美女が出て、剣と魔法が出て、もっともらしく恋したり成長したりバトルしたりする「ファンタジー小説」ではない。そういうのも悪くないんだけど、底の浅いのが多いでしょ。「ドラクエ」とか「FF」の方がよっぽど面白いような。

 この「十二国記シリーズ」は、中国の神話に想を得てるので、名前も漢字。恥ずかしくない。いや、そういう問題じゃないか。話がそれてしまった。(でも、ある種の作品の横文字名前って、ある種のお芝居の金髪みたいに始末に負えないと思いませんか?)
 世界がしっかり作られてるので、夢物語でなく入り込める。リアルな物語として読むことができる。本当のファンタジーはやっぱりそうじゃなくちゃね。つまり、ファンタジーなんて思わなくてもいいってことだ。それなら何であえてそう銘打って紹介するのかって?
 それは、私がファンタジー好きで、一般的な偏見を払拭したいと思ってるから、かな。
 でもまあこれも、余分な話ではある。

 十二国はそれぞれ王によって治められている。王を選ぶのは麒麟(きりん)。
 王が道を誤ったりして失脚すると、国が荒れる。そこで、われこそはと思う人間は、麒麟に選んでもらうために世界の中心の山に向かう。
 物語の主人公珠晶(しゅしょう)は十二歳。
 王になるべく昇山を目指し、無理やり供にした頑丘(がんきゅう)と、危険な妖魔が出る黄海を旅して行く。
 
 とにかく、この珠晶のキャラクターがいい。
 小生意気な子どもで、結構頭がよくって、小憎らしいやつなんだけど、でも嫌味にならない。
 大人も巻き込まれていくような生命力の強さ。状況を変える力を小気味よく感じる。
 本当は子どもってまさにそういう存在のはずなんだけど、ここまで鮮やかだと新鮮だ。
 だめなやつが成長するビルドゥングスロマンじゃなくて、強くてまっとうな人間が最初からいる。
わけですが。
 
 もちろん、経験によって人は変化する。
 珠晶も旅をしていく中で、単純な正義が必ずしも真であるとは限らないということを知っていく。正しければいいというものでもない。どうしようもないことがあるという前提が、世界をリアルで説教くさくないものにしている。
 だけど、彼女はあきらめない。正すところは正しつつ、あくまで前方に驀進していく。どうしようもないところを含んで、しかも越えていけるってところに、大人はうらやましさと同時に希望を感じるわけだ。それは自分からは失われた力かもしれない。しかし、確かにそういう力があると信じられたら。
 世界は再び輝き始めるのだ。多分。
 
 もともとヤングアダルト(ってへんな言葉ですね)向けの文庫で発表された作品なので、子供向け、というわけではないが読みやすい。物語が好きな人なら一気に読めてしまうこと請け合いだ。
 日本が誇れるファンタジーの一つ。
 
 「図南の翼」はこれだけで独立した作品だが、これを読んでも終わらないのがシリーズもののいいところ。但し、シリーズといっても主人公はさまざま。珠晶の話はこの1作だけです。
 十二国記シリーズは現在6作、7作目が今年7月刊行の予定。
 発表順に、
 「月の影 影の海(上下)」
 「風の海 迷宮の岸」
 「東の海神 西の海」
 「風の万里 黎明の空(上下)」
 「図南の翼」
 「黄昏の岸 暁の天」

 並べて書くと、結構すごいタイトルだなあ。 「図南の翼」の後は発表順に読むのをお勧めします。
 主人公はそれぞれだけど、そのうちからみあってくるという面白さあり。
 強い人、弱い人さまざまに魅力があり、うまいなあと思ってしまう。
 最近は話の中でこの世界に対する疑念が生じたりしていて、新展開が期待できます。
  

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