神のシュプール

時見宗和(スキージャーナル)

継続する力〜

 スキーのアルペン競技で永遠の勝利記録を打ち立てたインゲマル・ステンマルク。
 本書は雑誌スキージャーナルのためのインタビューを軸に構成された、
 ステンマルク読本と言っていいだろう。

 凡百のスター本と趣を異にするのは、そのインタビューが、彼が引退してからの
 7年間にわたって毎年行われていること。
 彼の現役時代については評伝として本の前半で語られる。 
 私は、アルペンレースに関してはまったく無知で、ステンマルクについても名前を
 聞いたことがある程度。そのため、前半の評伝部分については、凄い人がいたんだな
 という素朴な驚きを感じるにとどまった。
 しかし、後半部分にはいろいろな面白さを感じた。 
 ひとつには引退後のレーサーとスキーのかかわり方という切り口が新鮮だったし、
 年を重ねていくにつれて見えてくる彼のポートレイトが面白い。
 アスリートが引退してからどう生きているのかは、一般の我々には見えづらい。
 スポーツ選手というのは、普通の社会と比べて早くにその仕事を終えてしまう。
 その人その人の力や考え方によって、その後の人生はいろいろだと思うが、ステン
 マルクはとても自然にスキーを自分の一部として生き続けていた。
 また、作家が彼との付き合いを重ねる中で発見していく視点が興味深かった。彼の
 「美しさ」を解析するために、まずは「速さ」というところからそれを捉えようとする。
 しかし、時間を重ねていくうちに、それだけでは理解できないことを感じて、多角的な
 アプローチから改めて「美しさ」そのものについて考えていることが示される。
 そのことが、成熟していく作家の文章と重なって、内容を深くしていく。
 ステンマルクが16年にわたって競技を続けた力。
 作家が7年にわたってステンマルクをめぐりながら考え続けた力。
 両者の共通点である「持続する力」が、この本を特別なものにしている。それだけの
 手間と時間がかかっているからこそ読み応えがあるのだろう。
 
 不満があるとすれば、ステンマルクが「神」であることに由来しているのか、作家の
 ジャーナリスティックな立場によるものなのか、作家の踏み込みがひとつの作品として
 のうねりを生み出すように動いていないことか。
 おそらく、雑誌連載のコンテンツを含めて再構成する形で一冊の本にまとめられている
 その成り立ちから必然的にそうなっているのかと思うが、そのために、作家がこの旅の
 終わりに見つけたものが読者に伝わりづらくなっていると感じた。
 単純に何かを見つけたわけではないだろうし、そんなまとめがあるのは却って嘘っぽい。
 ただ、私は確かに作家が示したい何かを感じたし、それをもう少し食べやすくする方法
 があるようにも思うのだ。表現として。
 
 しかし、ステンマルクを知っていた人はぜひ読むべき本だし、そうでない人が読んでも
 損をすることはない、密度の濃い本だと思う。
  
 それにしても、彼の滑りは誰が見ても最高に美しいらしい。素人にもわかるのだろうか。
 現役時代を見てみたかったな。  

直線上に配置