「オールアウト」
時見宗和(スキージャーナル)
〜作家と対象の幸福な邂逅〜
熱い話ととれば、限りなく熱い話なのかもしれないが、どこか静かな本だと思う。 その端正さが気に入っている。
早稲田大学ラグビー部中竹組の一年。
中竹竜二というキャプテンを中心とした、大学選手権決勝の早明戦に至る一年の記録。 彼が部員たちにキャプテンに選ばれるところから話は始まる。 基本的には中竹竜二の視点で展開されるので、最初に素朴に感じるのは 「なぜ彼はそこまでリーダーに推されるのか」ということ。 そのことは、この本を読み進めるモチベーションにもなる。 しかし読み終わって、多分その疑問を持ち続ける人はいない。 本の中でそのことに得心させられるというよりは、視点が変わっていくという印象。
もちろん納得もするが、それ以上に中竹竜二に寄り添っていく。
特別な人間には違いないのだが、自分たちと同じ場所にいるものとして彼を見つめる。
だから読者の中での命題も変わっていく。 多分それは作家の対象を見る視線で、存在に対して肯定的で、愛がある。 しかし、ここが大事なのだが、総じて客観的でもある。 そのため、読者が引いてしまうことは少ないはずだ。 主人公の中竹竜二が実際にどういう人なのかはもちろん知らない。 だが、この作家とどこかでシンクロする部分があるのではないかと感じられる。 それがこの作品世界の色になっているのではないか。 何となくつけたこの小文のサブタイトルはそういう意味だ。 書く側と書かれる側、双方にとっての幸運。 そう思わせる作家マジックなのかもしれないが。
また、この本をかたちづくっているのは中竹以外の様々な人々でもあって、
それぞれにとても魅力的。
いろいろな人の視点で語られるノンフィクションの場合、往々にして、「なんでそんなことが
(作者に)わかるんだ」といいたくなってしまうのだが、不思議なほどそれはなかった。 彼らの実像として随所に挿入される手紙やレポートなどの実資料の使い方がうまい。
どこか静かな本だと思う。 しかし、最後にきてその向こうにある圧倒的なまでの感情が覗く。
ラスト5行。じっくりと読んでみてほしい。
なお、中竹竜二が、当時のコーチとして本書にも登場するスポーツライターの藤島大「知と熱」の
文春文庫版に解説を書いている。これがなかなか達者な文章でしかも端正。内容的にも面白く、
読むことをおすすめする。
また、「知と熱」には、本書の重要な登場人物である渡邉氏について書かれた一章もあり、
併せて読むと興味深い。
ちなみに「知と熱」は2002年のナンバーが選ぶスポーツノンフィクション1位とミズノスポーツライター賞のダブル受賞の労作。
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