「ゆっくりゆっくり笑顔になりたい」

太宰由紀子(スキージャーナル)

〜世界を変える力〜


ぎっしりと中身の詰まった本。
手に取ったあなたはもしかしたら、活字が多いなあってちょっと
気後れするかも知れない。
しかし、試しに最初から読み始めてみるといいです。
思いがけないほどにするすると読めてしまうはずだ。

スペシャルオリンピックスって、知っていますか?
知的発達障害のある人たちに、スポーツトレーニングの機会と、
その発表の場としての競技会を提供する国際的なスポーツ組織、
なんだそうだ。基本はボランティア活動。
オリンピックスって名前から、オリンピックのような競技会を連想
するんだけど、ふだんの活動も含めての名前。
アメリカでは相当にポピュラーな活動らしいのだけれど、日本では
パラリンピックなんかに比べると知名度が低い。
ただ、去年長野で世界大会があったから、聞き覚えのある人も
いると思う。
この本を読むと、スペシャルオリンピックスのことだけじゃなく、
知的発達障害(自閉症とかダウン症とかその他のことですね)
についても一通りのことがわかるようになっている。

スポーツって不思議なもの。
自分はそうとうな運動音痴だったので、学校体育は苦しみの
方が圧倒的に大きかったけれど、それでも身体を動かす喜び
というのは、時にとして確実にあった。
プレイする、というところから離れても、人はスポーツを求める。
オヤジのコミュニケーションツールであった時代を越えて、
日本人のスポーツ観戦熱はたしかに上がっている。
ことばでなく、からだ。
やっても、見ても、ダイレクトに感じるものがはっきりとある。
それは、知的発達障害と名づけられた人にとっても、とても
大切な体験だろうし、スポーツはその人たちとわかり合うこと
が、もしかしたら他のことよりも容易な分野かもしれない。
本質的には同じ場所で共鳴できること。

最初にある、3人の子に知的発達障害がある山長さんという
人の話がすごくいい。
ぬくもりのある方言にぴったりとあう温かさとつよさがある。
3人ともに障害がある、ということはおそらく想像する以上に
大変なことだと思うのだけれど、それを苦しみとしていない
ところが人を感動させるし、新しい目を開いてくれる。
前から思っていることなのだけれど、障害を持つ子を持った
親でこのようなところに登場する人たちは例外なく明るく、
障害をギフトとして捉える力を持っている。
人を引かせない、明るいひかり。
それにふれると、通常持ちやすい偏見も少し解けていく。
障害がつらく、かわいそうなことなんかじゃないってこと。
実際には社会状況でそうなってしまっている現実もあるのだ
ろうけれど、それは変えられることのはずだ。

子どもの頃に、近所にダウン症の子がいて一緒に遊んだり
していたので、障害を身近に感じる部分はあったのだけど、
こうして読んでみると、自分が知らないことがたくさんある。
で、知ることはやはり世界を変えるんじゃないのかな。
知ることから何かは始まるし、多くの人が知ることで、世界の
ありようはたぶん変化する。

最初の概要を語る文章の最後で、著者はこう書いている。

「「世界は変わる」と信じ、願い、動いた人たちによって、
今までも世界は変わり続けてきたはずだ。」

「ゆっくりゆっくりでいいじゃないか。いつかいっしょに
笑顔になりたい。」

スポーツの可能性。
スポーツだからこそできること。
読むと伝わるものがある。

加えて言えばこの先、この活動がさらに知られていくために。
それをより端的な形で明確にした本も見てみたい。
そんな気持ちにもさせられた。


ちなみに、これを読んだのを契機にスペシャルオリンピックス
のドキュメンタリー映画「believe(ビリーブ)」というのを
観たのだけれど、これも静かな佳作だった。
スペシャルオリンピックスの映画というよりは、自閉症とダウン症
というキャラクターを持つ二人の若者の話だ。
観ることで伝わる、言葉になりにくい実感がある。おすすめ。

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