第一(なので、お芝居を「読む」レクチャつき。普通に知ってる人は★からどうぞ)

三谷幸喜「オケピ!」(白水社)

 三谷幸喜と言えば、シチュエーション・コメディという言葉をメジャにした本人。お芝居好きの方にはお馴染みですが、普通のヒトにはTVの「古畑仁三郎」を書いた人として知られてるかもしれませんね。これまで、彼の戯曲は本人の方針により本になってなかったのですが、先日岸田戯曲賞(戯曲に与えられる有名な賞です)を受賞した作品がついに出版されました。自分の劇団(東京サンシャインボーイズ)も解散してしまい、最近は商業演劇の世界。チケットは「取れない・高い」でなかなか見ることができません。

 こういうときは、戯曲を読みましょう。なんか「戯曲」という言葉からは「江戸後期」とか「日本近代文学史」なんかを連想しちゃいますね。「台本」と言い換えます。なんかギョーカイ(どこの?)っぽいですか。でも、「ギキョク」よりは身近になりました。

 本を開きます。だいたいセリフ、ほとんどセリフ。なんか読みづらそうだ。でも、普通の本よりは文字が少ないです。文の頭は必ず人の名前。なんと言ってもセリフですから、短いとこは短いです。

  花子「え」

 とか。これは速く読めそうだ。←よいこと@。ま、速く読みゃいいってもんじゃありませんが、何しろ1365冊ですから。

 セリフのほかに「ト書き」というのがあります。セリフの間に書いてあるやつです。小学校の国語でも習いますから、いまさら説明するまでもありませんが、これはつまり、作家の役者・演出に対する解説文ですね。

 ドアを開けオーボエ奏者(四十代前半・男性)が下手から入って来る。
 きちんとした身なりの、神経質そうな男。

〔「オケピ!」より抜粋〕

 こういうのがないと、

オーボエ「お早ようございます」

 って書いてあっても、楽器のオーボエがしゃべってるんだかなんだかわかりません。芝居の世界では何が起こるかわかりませんから。

 なんだか却って混乱する説明をしてるみたいだな。先に進みましょう。この「ト書き」というのの書き方は作家によって結構癖があったりします。慣れてくるとその違いも面白い。←よいことA。

 「台本」というのはセリフとト書きの二つからできてます。シンプルです。ここに楽しみがあります。お芝居を見た人は、その記憶と比べて楽しめます。(もしかしたらセリフが変わってたりするかもしれません。また、文字で読むとずいぶん印象が違ったりするかも)で、見てない人はほんとにどんな風にでも読めます。出版されてる台本には巻末などに「上演記録」というのがついてて、ちゃんと上演時のキャストが載ってます。この人々の顔を思い浮かべて読むのもあり。また、自分で好きにキャスティングして読むこともできます。もちろん特定の役者さんをイメージしないで普通に読んでもOKです。そういう意味では普通の本以上に何度も楽しめるとも言えるでしょう。←よいことB

 また、我々が芝居をする場合にも、この「台本」を使ってやってるわけです。これを手にセリフを口にしてみると、あなたも役者の気分になれます。←よいことC。だんだんチープになってきました。

 ここまで読んですっかり芝居を「読む」気をなくしてたらどうしましょう。

 大丈夫です。「台本」を開いてください。読んでみたらきっと面白い。

 
★ 
お待たせしました。「オケピ!」についての本文です。

 大丈夫、読んでみたらきっと面白い。はずなんですが…。

 久しぶりに読んで(ジパング以外のホン)思いましたが、やっぱ「慣れ」が要りますね、ある程度。ト書きにもよりますが、小説なんかよりは実際の人が演じる分情報量が少ないので、登場人物をイメージして世界を作るのにちょっと時間がかかります。それが見える前に飽きてしまわないように。もったいないですから。しかも、彼は台本を万人が読むに足る「商品」としては考えてないようなので、そういうサービスはされてません。第一回には不適なものを取り上げてしまったか。しかし、楽しめないわけではありません。

 この人はいつも舞台設定が卓抜。今回はミュージカルのオーケストラピットが舞台ですが、普通の人があまり実態を知らない場所なので興味を引く。登場人物たちは、本番中に結構様々な行動をするのですが、実際のオケピはどんなもんなんだろう。ほんとにこんなに自由なんでしょうか。
 人によっては引いちゃうかもなと思うのは歌のところ。ミュージカルを活字だけで読むのはやはり辛いですね。しかし、みょーなおかしみをかもし出してるとも言えます。実際、ミュージカルってホンモノもいきなり歌ったりしてかなりおかしいですが。


 内容的にはなんということもないシチュエーションコメディで、だからこそ面白い。但し、丁寧に読まないと笑いどころを逃す可能性があります。俗にいう「ドラマティック」ではないですから。しかし、デフォルメされてますが確かに「人間」がいます。

 そんなわけで、いきなり上級篇から入った感じもありますが、興味を持たれた方は、ちょっとゆっくり味わってみてください。三谷幸喜いちばんの作品ではないと思いますが、彼独特の味わいはちゃんと持っています。

 主人公のキャスティングは本読んだだけだとミスマッチな感じでした。西村雅彦というか、三谷幸喜本人というか、少なくとも二枚目な感じじゃない。本番はどんな感じでやってたのでしょうか。気になるところです。(しかし、テレビドラマなんかだと特にそうなんだけど、もてない男も女もブスといわれる人も皆さん美形ですな。この辺は見てる人はほとんど不都合なく翻訳できるのだろうか)

 個人的には「ボレロ」についての考察がわかりやすく(いささかわかりやすすぎるが)作品を象徴していて気に入りました。「ボレロ」が好きなだけかもしれないが。


 しかし、三谷幸喜はやはり自分の台本を出版することを望んでいないようで、あとがきにもはっきりと書いてます。知らない人が読んだらちょっと白けてしまいそうだ。現に出版されているのだからね。ま、その辺はいろいろ大人の事情もあるようですが…。

 芝居というのはライブが全てで、とどめることのできない一回性のものだというのは動かしがたい事実ですが、「台本」だの「ビデオ」なんかにはそれなりの楽しみ方があるような気がします。(しかし、芝居は勿論生でしか本当は存在し得ない。ですので、皆さんまずはできるだけ劇場に足を運んでくださいね。他のメディアはプラスアルファです)

 そんなわけで、今後はプラスアルファの楽しみに役立つ、演劇関係の本を紹介するコーナーにしていきたいと思います。

 あくまで本のページなのに初回越境しすぎましたね。反省。ではまた。


 余談ですが、受賞作品って、本にしろ雑誌にしろ選考委員の評がくっついてたりするんだけど、大概絶賛してる人ばっかじゃないのがおかしいですね。なんか今回の評もよくわかんなかったです。もっとわかりやすく書くがいい。(野田秀樹は手放しで絶賛してましたが。)大体最近は岸田戯曲賞のコンセプト自体が不明だ。これが最上のものじゃないでしょって作品で賞を取る人も多いし。(三谷幸喜もそうだ)


 三谷幸喜の本

 ○新刊で「仕事、三谷幸喜の」という文庫が出ています。映画「みんなの家」公開に合わせての発売かな。そこに今までの本のリストがありますので略します(怠慢)。エッセイ、映画対談、テレビのノベライズなど、芝居の台本以外はいろいろ出してます。朝日新聞の夕刊にもエッセイを連載してますね。妻ののろけと犬の話が多いです。


直線上に配置