(全号までのあらすじ) 所用で銀行を訪れた『しゅさい』は、そこにいた見事な茶髪の『窓口の姉ちゃん』に感銘を受ける。そして自らも茶髪にする決意をしたのだった。 こう切り取っちゃうと、身も蓋もないですよね。これじゃまるで『しゅさい』がミーハー的興味で窓口の姉ちゃんの真似しようとしてるみたいじゃないですか。 実際には、ずーっと真面目で深遠な動機が隠されてますので、そこんとこ明らかにしたい方は『体験記1』をご覧下さい。 では、早速続編をどうぞ。 美容院の名前は『サロンドビューティ・f 』と言った。(仮名) 『サロンド』である。サロンド。……。常日頃愛用している『床屋さん』とはあまりにも違う響きだ。ガラス越しに見た店内もなんだかオシャレだ。なんたって『サロンドビューティ・f 』なのだ。『栗山理髪店』じゃないのだ。 早くも決意がゆるぎ始めた。仮にも『サロンド』と呼ばれる店に、私のようなダンディでもオシャレでもない男が入って許されるものなのか。法律や条例で禁止されてはいないのか。 やんわりと拒絶されるかもしれないな……と思いましたね。それならまだいい。事務所から怖いオジさんが出てくるかもしれない。たぶん、黒服にサングラス。顔には傷の一つもあるだろう。オジさんはさりげなく私の前に立ち、黙って私の襟首をつかんで店外に放り出すのだ。狼狽して地べたに転がる私。その耳元に口を寄せ、彼はこうささやくのだ。 「兄ちゃん、身の程をわきまえな」 とても怖いぢゃないですか。しかし、それだけならまだいいのだ。例えば私が、震えながら抗議したとする。 「だって、ここ美容院でしょ?……私、お客なんですけど」 黒服は私を突き飛ばし、ドスのきいた声でこう言うのだ。 「ここは美容院じゃねえ。……サロンドだ」 嗚呼、恐るべしサロンド。私、想像に震えましたね。しかしここでやめるワケにはいかない。私は一刻も早く茶髪にならねばならないのだ。なんたって、精神の自由は茶髪なのだから。 ガラス越しにもう一度店内を覗く。どうやらお客さんは中年のオバさん一人だけのようだ。そんなに流行ってない店かもしれない。ならばこれでも一応はお客さんなのだ。大事にしてくれるかもしれないではないか……。 私はサロンドのドアを潜った。サイは、……投げられた。 一瞬の間があって、「いらっしゃいませ」の声。推定年齢ハタチのF子が私を迎えた。値踏みするような視線が私を見据える。 F子が事務所に人を呼びに行ったらマッハで逃げよう。そう思いながら愛想笑いを浮かべる私。 「しばらくここでお待ち下さい」 F子は、そう言って私に椅子を勧め、奥に退いた。事務所から黒服が出て来たらマッハで逃げよう。そう思いながら椅子に座る私。 私は考えた。ここはひとつ慎重にコトを進めねばなるまい。 私の目的はただ一つ。一刻も早く茶髪になることだ。ならばここは追い返されるワケにはいかない。そのためには、この店、つまり『サロンド』に馴染まなければいけないのだ。じゃあ、どうすればいいのか。 ここはオシャレな店だ。私自身がオシャレであれば問題なく馴染むだろう。しかし、それは望むべくもない。ならば、私のとるべき道は一つ。 『慣れてるフリをする』 そうなのだ。妙にドギマギしているから浮いてしまうのだ。慣れた素振りこそが敷居の高い店での唯一の免罪符なのだ。「このお客さん、ツウだわ」そう思わせればこっちのモノ。 F子が戻って来た。どうやら黒服は出て来ない。 慌てて余裕しゃくしゃくのポーズに変える私。 「今日は、どんなふうになさいますかぁ?」 やや鼻にかかった言葉でF子が尋ねてきた。私は、いかにもサロンドに慣れているポーズで(どんなポーズだ?)言葉を返す。「そうだねぇ……」 ここで、ハタと考える私。何て言えばいいのだろう。 「茶髪にして下さい」……これって、いかにも慣れてないカンジがするではないか。だいたいオシャレな店では『茶髪』とは言わないかもしれない。ではどうやって頼むのだ? 英語で言えばいいのか。「ブラウン・ヘアー・プリーズ」……何がなんだか分からないではないか。 その時、天の助けのように、店の壁にかけられた所謂『お品書き』のようなモノが目に入った。『カット 2000円』てなヤツだ。ざっと見ると、そこにはこう書かれている。『ヘアカラー 5000円』そうか、茶髪にするのは『ヘアカラー』と言うのだな。 「今日は、ヘアカラーにしてもらおうか」 髪などかきあげながら私は言った。完璧、なハズだった。しかしF子の表情はみるみる戸惑いに変わっていく。なにか私、やってはいけないコトをしてしまったのか? 「ヘアカラー……ですか?」 「そう。ヘアカラーを頼むよ」 しばしの沈黙の後、F子はおそるおそるこう尋ねてきた。 「白髪染め、じゃないですよねぇ」 「……」 (以下、次号) |