サロンド体験記3


(全号までのあらすじ)
美容院初体験の『しゅさい』。
「今日はヘアカラーにしてもらおうか」
何気なく言った一言が波紋を呼ぶ。なぜか白髪を染められてしまいそうになる『しゅさい』。果たして、無事茶髪にすることができるのか……。



断っておくが、私に白髪はない。そりゃ、1本や2本はあるかもしれないが、少なくとも一目で分かる白髪頭ではない。では、なぜ白髪染めなのだ?何がいけなかったのか。元来、茶髪にするコトを『ヘアカラー』とは言わないのか?

ヘアカラー。
冷静に考えてみよう。この単語から一般の人がごく普通にイメージするモノは何か……。
ビゲンだ。ビゲン・ヘアカラー。……。
するってえと私の先程のセリフは、F子にとってこう聞こえるワケですね。
「今日は、ビゲンにしてもらおうか」
……。なるほど。
F子が困惑した理由を鋭く納得する私。しかし納得しても、覆水は盆に返らない。

「少々お待ち下さい」
気まずそうにF子が奥に下がった。なんたる初歩的なミス。自分が厭になる。ヘアカラーと言えばビゲン。この簡単な方程式に気づいてさえいれば……。私の野望は、ビゲンの前に崩れ去り、黒服にこう言われるのだ。
「兄ちゃん、人には分相応ってモンがあるんだよ」嗚呼、何たる屈辱。

しかし、黒服は現れなかった。代わって現れたのは、この店の主人らしき女性。推定年齢35歳。いわゆる、美麗のマダム。

「色を入れるんですね」
マダムが言った。驚く私。
「それです。……色を入れて下さい!」
思わず叫んでしまう。さすがサロンドのマダムだ。客の希望は黙っていても理解する。これがプロというヤツだ。
「明るくなさいますか?」
マダムが微笑む。いいぞ、マダム。ピチピチF子よりも、ここは断然マダムだ。マダムこそがサロンドの王者なのだ。
「そうです。明るくお願いします」
気取りが吹っ飛び、思わず下手に出てしまう私。しかし、相手がマダムとあらばやむを得まい。

私は、学んだ。
「色を入れてくれ」と言えばよかったのだ。
「今日はちょっと明るくしたいから、色を入れてもらおうか」
今後、サロンドに初挑戦なさる方は、これでバッチリである。

「では、こちらへどうぞ」と、マダムが言った。
小犬のように促されるままついていく私。いい塩梅だ。どうやらマダムのお蔭で、明るい日差しが見えてきた。
マダムが、例の『テルテルボーズの衣装』を私に装着しながら言った。「暖かくなってきましたね」もはや茶髪ゲットも時間の問題だ。

しかしマダムはあえなく去り、代わって現れたのは、再びF子である。
「最初に少しカットしますんでぇ……」とF子。ピチピチでもさすがに美容師さん。慣れた手つきでチョキチョキと無駄に長い私の髪を落としていく。別に腕前に問題はないのだが、どうも勝手が違う。いつもの床屋のオヤジと違って妙にそわそわしてしまう。なぜだろう?

さて、こんな時はどうすればいいのか。
『ヘアカラー』の一件により、もはや私のことを『サロンド通』と見てはくれまい。しかし、ここはやはり『サロンドにまあまあ慣れてるヤツ』くらいのイメージを植え付けておきたいところだ。
慎重に考えねばなるまい。そのためには、ここで何をするべきか。


ふと見ると、店内の反対側に、最初からいたオバさん客が一人。髪にパーマをあてているらしい。担当しているのはマダムである。二人は、どうやら互いの旦那さんの話で盛り上がっているようだ。

「これだ!」と思いましたね。美容師さんと世間話をする。シロウトには不可能だ。これさえクリアすれば、『ヘアカラー』の減点を取り戻し、晴れて『サロンドにまあまあ慣れたヤツ』なのだ。

「忙しいですか?」
早速実行する私。
「ええ。……まあまあです」と、F子。
「あまり忙しくないですか?」
「……ええ、まあ」
「中ぐらいに忙しいですか?」
「……。」
何をバカなコトを言ってるんだ。話が続かないではないか。大体私以外にお客さんは一人しかいないのだ。忙しいもクソもないではないか。

私は悟った。なぜF子に髪を切られるとそわそわするのか。それは、私が若い女の子と接するのに根本的に慣れていないからなのだ。……なんて力説するほどの事じゃないけどサ。

最初のボタンをかけ違えれば、最後のボタンはかからない。
きまずい無言の時間が続く。私は、自分のイメージを『サロンドに少し慣れた奴』に下方修正することにした。

やがてカットは終わり、再びマダムの登場。
「どの色になさいますか?」
マダムは、私に髪の毛の『色見本』のようなモノを見せた。いよいよ、染めるのだ。来るべき時が、来た。


(以下、次号)

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