(全号までのあらすじ) 美容院初体験の『しゅさい』。 「今日はヘアカラーにしてもらおうか」 何気なく言った一言が波紋を呼ぶ。なぜか白髪を染められてしまいそうになる『しゅさい』。果たして、無事茶髪にすることができるのか……。 断っておくが、私に白髪はない。そりゃ、1本や2本はあるかもしれないが、少なくとも一目で分かる白髪頭ではない。では、なぜ白髪染めなのだ?何がいけなかったのか。元来、茶髪にするコトを『ヘアカラー』とは言わないのか? ヘアカラー。 冷静に考えてみよう。この単語から一般の人がごく普通にイメージするモノは何か……。 ビゲンだ。ビゲン・ヘアカラー。……。 するってえと私の先程のセリフは、F子にとってこう聞こえるワケですね。 「今日は、ビゲンにしてもらおうか」 ……。なるほど。 F子が困惑した理由を鋭く納得する私。しかし納得しても、覆水は盆に返らない。 「少々お待ち下さい」 気まずそうにF子が奥に下がった。なんたる初歩的なミス。自分が厭になる。ヘアカラーと言えばビゲン。この簡単な方程式に気づいてさえいれば……。私の野望は、ビゲンの前に崩れ去り、黒服にこう言われるのだ。 「兄ちゃん、人には分相応ってモンがあるんだよ」嗚呼、何たる屈辱。 しかし、黒服は現れなかった。代わって現れたのは、この店の主人らしき女性。推定年齢35歳。いわゆる、美麗のマダム。 「色を入れるんですね」 マダムが言った。驚く私。 「それです。……色を入れて下さい!」 思わず叫んでしまう。さすがサロンドのマダムだ。客の希望は黙っていても理解する。これがプロというヤツだ。 「明るくなさいますか?」 マダムが微笑む。いいぞ、マダム。ピチピチF子よりも、ここは断然マダムだ。マダムこそがサロンドの王者なのだ。 「そうです。明るくお願いします」 気取りが吹っ飛び、思わず下手に出てしまう私。しかし、相手がマダムとあらばやむを得まい。 私は、学んだ。 「色を入れてくれ」と言えばよかったのだ。 「今日はちょっと明るくしたいから、色を入れてもらおうか」 今後、サロンドに初挑戦なさる方は、これでバッチリである。 「では、こちらへどうぞ」と、マダムが言った。 小犬のように促されるままついていく私。いい塩梅だ。どうやらマダムのお蔭で、明るい日差しが見えてきた。 マダムが、例の『テルテルボーズの衣装』を私に装着しながら言った。「暖かくなってきましたね」もはや茶髪ゲットも時間の問題だ。 しかしマダムはあえなく去り、代わって現れたのは、再びF子である。 「最初に少しカットしますんでぇ……」とF子。ピチピチでもさすがに美容師さん。慣れた手つきでチョキチョキと無駄に長い私の髪を落としていく。別に腕前に問題はないのだが、どうも勝手が違う。いつもの床屋のオヤジと違って妙にそわそわしてしまう。なぜだろう? さて、こんな時はどうすればいいのか。 『ヘアカラー』の一件により、もはや私のことを『サロンド通』と見てはくれまい。しかし、ここはやはり『サロンドにまあまあ慣れてるヤツ』くらいのイメージを植え付けておきたいところだ。 慎重に考えねばなるまい。そのためには、ここで何をするべきか。 ふと見ると、店内の反対側に、最初からいたオバさん客が一人。髪にパーマをあてているらしい。担当しているのはマダムである。二人は、どうやら互いの旦那さんの話で盛り上がっているようだ。 「これだ!」と思いましたね。美容師さんと世間話をする。シロウトには不可能だ。これさえクリアすれば、『ヘアカラー』の減点を取り戻し、晴れて『サロンドにまあまあ慣れたヤツ』なのだ。 「忙しいですか?」 早速実行する私。 「ええ。……まあまあです」と、F子。 「あまり忙しくないですか?」 「……ええ、まあ」 「中ぐらいに忙しいですか?」 「……。」 何をバカなコトを言ってるんだ。話が続かないではないか。大体私以外にお客さんは一人しかいないのだ。忙しいもクソもないではないか。 私は悟った。なぜF子に髪を切られるとそわそわするのか。それは、私が若い女の子と接するのに根本的に慣れていないからなのだ。……なんて力説するほどの事じゃないけどサ。 最初のボタンをかけ違えれば、最後のボタンはかからない。 きまずい無言の時間が続く。私は、自分のイメージを『サロンドに少し慣れた奴』に下方修正することにした。 やがてカットは終わり、再びマダムの登場。 「どの色になさいますか?」 マダムは、私に髪の毛の『色見本』のようなモノを見せた。いよいよ、染めるのだ。来るべき時が、来た。 (以下、次号) |