サロンド体験記4


(全号までのあらすじ)
来るべき時が来た。
ぴちぴちF子のカット攻撃を何とか通過した『しゅさい』。ついにマダムが髪染めの作業に入るのだ。果たして『しゅさい』は、無事茶髪をゲットできるのか?はたまた精神の自由は得られるのか?
大長編、いよいよクライマックス!



「どの色がいいですか?」
しとやかな笑顔で尋ねるマダムの手には、髪の毛の色見本。
さて、どうしたものだろう。

告白すると、私はこれまで、茶髪と言えば全て茶髪なのであった。……って、何のコトだか分からないですよね。つまり、茶色は茶色であって、全て同じ色と認識されていたのだ。茶髪に種類があるとは、ゆめゆめ思っていなかった。だから、どの茶髪にしますかと聞かれても困ってしまうのだ。

「今の季節だと、明るめがいいですよね」と、マダム。
「そうですねぇ」と曖昧に答えながら、悩み続ける私。色見本を穴のあくほど眺めても、どうもピンと来ないのだ。自分のバカづらに、その色が装着された時の完成イメージがまるでわかない。
マダムが、ちょっと困った顔をしている。これ以上引き延ばすワケにもいくまい。ここは正直に、プロの意見を聞いてみるべきだろう。

「実は、あまり色を入れたコトがないんです」
私は正直に言った。……正確には、『あまり』ではなく『全然』なのだが、まあそれくらいの嘘は許容範囲というモノだろう。
「それで……プロの方の意見を聞きたいんですけど」
「……はあ」と、マダム。私は慎重に言葉を選びながら言った。
「あの、あまり派手になり過ぎずですね、かと言って地味にもならない、ちょっとカッコよくって、気分が変わるようなですね、そういう色にしたいんですけど」
「……」

そう言われても困るだろうなぁ。私がマダムだったら、その場で殴っていたに違いない。いや、今だからそう思えるだけで、当時は必死だったのだけどサ。
しかし流石はマダム、プロである。私の無理難題にもきちんと答えを見つけてきた。その『答え』が、私を更なる窮地へと追い込む事になるのだが。

「でしたら……メッシュにしてみたらいかがですか」

……メッシュ? メッシュって、なに?
喉まで出かかった質問を慌てて飲み込む私。メッシュ……おそらくはサロンドの専門用語。『サロンドに少し慣れたヤツ』の私としては、それを聞くワケにはいかないだろう。最後のプライドがかろうじて私を押し止めた。しかし、分からないままに、どう反応すればいいのだろう。激しく混乱する私。
「どうなさいます?」と、マダムが微笑む。
「……じゃ、それでお願いします」

サイは、……投げられた。

「ベースをちょっと控えめな色にして、明るめにメッシュ入れると気分が変わりますよ」と、マダム。
「……そうですね。それはいい考えだ」
モチロン私はチンプンカンプンなのだが、ここは話を合わせざるをえまい。
「ベースは赤系にします? それともオレンジ?」
「……じゃ、赤系で」
「メッシュは、脱色にするか、少し明るめの色を入れるか、どっちにします?」
「……じゃ、明るめの色を」
よく分からないうちに話は進んだ。『赤』だの『オレンジ』だの『脱色』だの……いったい私の頭はどうなってしまうのか。激しい不安と後悔が私を襲う。

マダムは早速メッシュの準備にかかった。
ここで再びF子の登場。私は促されるままに奥の席に移動した。例のパーマおばさんの隣の椅子である。F子は私に、さっきとはまた別の衣装を着せた。黒色で、てかてかのナイロンが私を包む。鏡で見ると、黒いテルテルボーズに私のバカづらが乗っかっている。なんだか不気味だ。更にF子は、私の両耳にビニールのカバーをかけた。もはや鏡を見る勇気はなかった。
ふと見ると、隣席のオバさんが私を見ていた。思わずヘラヘラ笑う私。オバさんはプイっと視線をそらした。なんだかとても居づらい。

やがてマダムが薬品をこねこねしながら戻って来た。F子は私の頭に、いきなり大型の髪止めを分け目からこじ入れた。何をするんだ、F子。
「動かないで!」
F子が私の頭を固定した。すかさずマダムが薬品のついた刷毛を振るう。
あっ、あっ、何をするんだ、やめちくりー!
言葉にならない叫びが頭にこだまする。これは……いわゆるコンビネーションプレイだ。二人がかりで私の髪の毛に、ぬりぬりと薬品が塗り込められていく……


(次号、感動の最終回)

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