歯医者さんは怖い1


新年早々、歯が痛くなった。

全く今年は、のっけから風邪は引くわ歯は痛くなるはでロクなことがない。で、「ロクなことがない」なんて思いながら1年を生きていくのもナンなので、エッセイにして自分で笑い飛ばすことにしたのだった。と、いうようなしょーもない動機で書かれたしょーもないモノです。この歳になって歯医者が怖いもクソもねーだろうとは思うのですが……でも、怖いモンは怖いのだ。読んでもあまり気持ちの良い話になりそうもありませんが、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。


で、唐突に話は3年前の夏まで逆上るのだ。
3年前の、ちょうどお盆。ワタシは実家にいました。まあ、普段ならお盆でわざわざ九州まで帰ったりしないのだが、この年はオヤジの初盆でやむを得ず帰省。で、その法要の真っ最中に突然奥歯がズキズキ来たワケですね。

何が困るってさ……お盆の最中なんですわ。東京ならともかくワタシの実家は九州でも田舎の大分県の、その中でもど田舎の部落。当然、お盆に歯医者さんなんかどこも開いてません。開いてるワケがない。

おまけにオヤジの法要ですからね。親戚のオジちゃん(超酒好き)は来てるは、兄嫁の父君(超々酒好き)は来てるは、おまけにうちの家族はワタシ以外酒飲めないはで、まあ田舎の親戚付き合いを経験された方ならお分かりでしょうが、こういうときは浴びる程飲まされます。

歯痛の時にお酒を飲むとどうなるか。

マヒして痛くなくなるんじゃないかと思った方はシロウトです。ワタシも最初そう思ったモン。そう思って調子こいて飲んでいたら……ズキズキが突然ズッキンズッキンに。うわーっと慌ててももう遅い。あとは脂汗出てくるまでそう時間もかかりませんでした。患部にセイロガン詰めるという原始的な対処方法も試みましたが、効いたのは最初だけ。最後には、もう『痛みに耐える』以外の事は何も出来なくなりました。それでも歯医者さんは開いてない。呆れるくらいどこも開いてない。

翌朝まで何とか我慢して、(大げさでなく、痛みで一睡も出来ませんでした)近隣の町の全ての歯医者さんに電話をかけまくったところ、ようやく一件、休診にも関わらず診てくださる神様のような歯医者さんが見つかりました。

「歯茎に相当膿みがたまってますね」と神サマ。「こりゃ……はは、お酒なんか飲んだらさぞ痛かったでしょう?」
痛かったです。そりゃもう、ハンパじゃなくて。

で、診てもらってどうなったかと言うと……
しばらくすると嘘のように痛みが消えちゃいました。うーん、プロや。医術というモノに、それまでどっか懐疑的だったワタシですが、これほど劇的に効果を見せられては、返す言葉もありません。流石は神サマ。凄いぞ、歯医者さん。
「取り敢えず応急処置だからね。東京帰ったらちゃんと診てもらいなさい」と神サマ。


で、盆が開けてからこっちの歯医者さんに診てもらったワケです。
駆け込んだのは、当時ワタシが住んでいた国分寺の駅前のとある歯医者さん。名前は、まあ仮にY先生としておきましょう。推定年齢45歳。一見してクール。口調は事務的。嘘みたいですが、キャラが分かりやす過ぎる銀縁眼鏡をかけてらっしゃる。

以上のようなワタシの話を「ふんふん」と聞いていたY先生。レントゲン写真を軽く眺めてから、事務的にこうおっしゃいました。
「抜きましょう」

「……あの、抜くって、歯を抜くんですか?」
「歯医者で歯以外のモノはあまり抜きません」
そりゃ、その通りでしょうけどさ。そういう意味じゃなくてさ。永久歯なんですけど。しかも親不知じゃなくて奥歯。

「抜くしかないですよ。この歯はもうダメです」
「……」

実はそれまで歯医者さんにあまり縁のなかったワタシ。どうにも『歯を抜く』という現実がうまく理解できないのだった。

「歯を抜くと……歯はどうなるんです?」
「なくなります」
そんな事は分かってる。禅問答じゃないんだからさ。

「……痛くないんですか、抜いたら」
「そりゃ、痛いでしょうね」
「……あの、痛いの嫌いなんですけど」
「好きな方はあまりいないでしょうね」
「……抜かないと、どうなるんです?」
「もっと痛くなります」

あくまで事務的なY先生なのであった。痛いのはやだ。でも、もっと痛くなるのはもっとやだ。いきなり究極の選択を迫られるワタシ。銀縁眼鏡の奥からY先生のクールな瞳がワタシを見据えている。

「どうします?」
「……。」


(以下、次号)

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