(全号までのあらすじ) 話は3年前。 お盆の法要の最中、突然の歯痛に見まわれた『しゅさい』。帰京後に診療を受けた歯科医は、何のてらいもなくこう言った。 「抜きましょう」 「……。」 3年の歳月を巡る『しゅさい』と歯科医の攻防戦。生命の尊厳を探る一大医療ロマン大作・第2弾……なんて大げさなモノではなく、実にくだらねーコラムですので念のため。 では、続編をどうぞ。 くどいようだが、ワタシは歯医者が怖い。歯を抜くのはもっと恐ろしい。 Y先生は相変わらず事務的な口調で、こともなさげにこう言った。 「抜かなきゃ、いずれもっと痛くなりますよ」 嗚呼、究極の選択。抜いても痛い。抜かなくても痛い。いずれにせよ、痛いのであった。 だらだらと逡巡しているワタシに、Y先生がしびれを切らす。 「じゃ、抜くというコトでよろしいですね」 「……」 「よろしい、ですね」 「……じゃ、お願いします……」 サイは投げられた。 思わず天を仰いでしまうワタシ。しかし、仰いだところで迫りくる恐怖はおさまるハズもない。 「そんなに大げさに考えなくても大丈夫です。抜くのなんてすぐ終わりますから」 そう言いながら、Y先生は少し間をとった。経験ある方ならお分かりいただけると思うけど、医者が何かを始める前の『間』というヤツ、患者にはとてもコワいのですね。あいつら、分かっててわざとやってねえか? 「それじゃあねぇ……」とY先生。 きた、きた、きたっ! と目をつぶってしまうワタシ。 「抜くのは明後日にしましょう」 ……え? 今じゃないの? そりゃ、先延ばしになるのは、やぶさかじゃないけれど……でも、なぜ明後日? 「明日はうち、休診なんです」 ……だから、なぜ明後日? 「今日、抜歯した場合にね、もし血が止まらなくなっても明日はうち、お休みだから。明後日の方が無難ですね」 ……ちょっと待て。 血が止まらなく……なるの? あんた今言ったやんけ。大げさに考えんでもええって。 「それじゃ、明後日の同じ時間に来てください。……あ、この紙に抜歯の注意事項が書いてあるから読んどいてね」 複雑な思いで帰路につくワタシ。道すがら渡された紙を読む。そこには大見出しでこんなことが書かれてあった。 『抜歯は、小さくても手術です』 小さくても手術……小さくても手術…… リフレインで木霊するそのフレーズ。しかも、血が止まらないかもしれないのだ。漫画版のデビルマンのような、恐ろしげな妄想がワタシの頭を支配し始めた。 それからの二日間。ワタシにとっては地獄の日々であった。 刻々と迫りくる『その瞬間』。 嗚呼、明日という日がが永遠に来なければいいのに。それはあたかも、悪代官に手込めにされるのをただ待つばかりの生娘状態。待つというコトがかくも大変なコトだと、ワタシは初めて知ったのだった。 そして、 ついに『その日』がやってきた。 やってはきたのだが、既にワタシの神経はボロボロになっていた。ボロボロの心と体で……ワタシはY先生に電話をかけた。 「あの、今日抜歯することになってた者ですけど」 「どうしました?」 「あの……あの……実は急な仕事が入っちゃいましてですねぇ、今日行けなくなってしまったんです」 もはやワタシには、正常な判断力も善悪を理解する力もなくなっていたのだった。 Y先生は相変わらず事務的な口調で答えた。 「それは困りましたね。今日だとちょうど予約に空きがあったんだけど……次は一週間後になってしまいますが」 ワタシは……一瞬躊躇した後、次のように言葉をつないだ。心境的には、もはや悪魔にとり憑かれたに等しかった。 「あの、実はですね、急な仕事でしばらく外国に行かなきゃならなくなったんです。出発は明日です。いつ帰ってくるか分かりません」 「……。」 言葉を失うY先生。そりゃそうだろうなぁ。誰が聞いたって一発で「嘘にきまってらぁ」……てな嘘なのだから。 「そういうワケです。失礼します」 ワタシは電話を切った。 嗚呼……思えば3年前のこの日から、ワタシはワタシでなくなった。ワタシは、抜歯に負けたのだった。いや、抜歯のプレッシャーに負けたと言うべきか。……「べきか」なんて偉そうに言うほどのコトじゃないケド、とにかく負けたのだった。まさに完敗。 で、どうなったかと言うと…… 『因果応報』という言葉がある通り、その後ワタシは思いもよらぬしっぺ返しをくらうコトになるのだが…… 待て、次号。 |