タフでなければ生きていけない男
〜東京ヴェルディ vs FC東京観戦記


スタジアムは風が舞っていた。


午後4時。
『FC東京』対『東京ヴェルディ1969』。2001年Jリーグディビジョン1の開幕試合。客席は既に6〜7割は埋まっている。調布に新設された東京スタジアムのこけら落としでもあるこのゲーム、5万枚の前売り券は完売しているらしい。空は抜けるような快晴。競技場は、やがて超満員の熱気に包まれる、ハズなのだが……。

眼前の席には、20才前後と思わしきカップル。二人とも小刻みに身体を揺すり、しきりに手をこすっている。スタンドのあちこちでビール売りが声をからすも、反応する人はまばらだ。それもそのはず、とにかく、寒いのだ。ただでさえ3月にしては肌寒い一日。追い打ちをかけるように強風がスタジアムを舞う。試合開始まで1時間を残し、既に身体は冷えきっていた。


4時50分。
選手の入場。早速FC東京のサポーター連中が気勢を上げる。ほぼ満席となった競技場は、意外にも青と赤のFC東京カラーで埋めつくされていた。緑色(ヴェルディカラー)は、アウエーサイドのゴール裏の一部を除いて殆ど見られない。ヴェルディは今期、川崎から東京へとホームタウンを移し、未だに組織だったファンクラブすら持てない状況らしいのだ。かつて全国区の人気を誇ったチームも、今は昔。

場内放送で選手の紹介が始まる。まずはアウェーのヴェルディ。途端にFC東京サイドのゴール裏から激しいブーイングが起こる。その後は「川崎帰れ!」の大合唱だ。しかも太鼓のリズムに合わせて統率されたコール。なんだか敵愾心にしては笑っちゃうくらい分かりやすい反応だ。世にあるサッカーのサポーター軍団と言えば、暴動が起こったり、対立チーム同士で抗争を起こしたりと陰惨なイメージがつきものなのだが、この連中のやらかすことはどこかユーモラスだ。応援の熱の中に、一点『遊び心』があるのだ。
ホームチームの選手紹介。今度は怒濤の歓声。そして沸き起こる「トウキョウ! トウキョウ!」の大コール。
反対サイドの応援団が少数ながらも必死で「ヴェルディ・東京!」をコールする。そのコールに合わせるように、FC東京サイドからコールが返る。「ヴェルディ・カワサキ!」


5時。
試合開始。序盤のペースはFC東京。ヴェルディ側は、攻めと守りの切り換えがちょっとギクシャクしている。
今年大量の選手を補強したヴェルディは、去年とは別のチーム。ワントップは小倉。司令塔は永井と、三浦淳宏。(残念ながらスターティングイレブンに前園の名前はなかった)強い個性を集めたチームは、開幕戦の緊張からか、しばらくはかみ合っていないように見えた。


5時15分。
それでも徐々にヴェルディペースになる。個々の力はヴェルディが一枚上。三浦淳や小倉のプレーにもキレが感じられ始める。
ただしFC東京も要所を押さえ、決定的なチャンスを許さない。ディフェンダーは去年見た時に比べれば、随分ボール回しがしっかりしてきた気がする。ただし攻撃はいただけない。中盤がなくて、アマラオ一人の突破が頼りの攻撃は、やはり厚みがない。ここまでロペスは全くと言っていいほど目立っていない。

しばらくはつばぜり合いが続く様相。……と言えば聞こえはいいが、点の入らない試合はやはり盛り上がりに欠ける。勝手な一観客はひたすら『熱い』ゲームを熱望する。なにせゲームの細かい駆け引きを楽しむには、気温が低過ぎるのだ。
眼前のカップルの女が「寒い!」を連発している。相変わらず風も強く、冷たい。男が、さりげなくコートを脱いで彼女に渡した。なかなか出来たヤツだ。


5時40分。
均衡が破れてヴェルディの先制点。三浦淳のフリーキックは、きれいなドライブラインを描いてゴールに突き刺さった。キーパーはちゃんと反応していたが、それ以上にボールが早かった。こいつはやはりタダモノじゃない。ここぞとばかりに緑色の軍団が乱舞し、その10倍はいる青と赤の軍団が声を失う。

5時47分。
ゲームは『1−0』のままハーフタイムへ。観客席が一斉に動き始める。座ったまま足踏みしてるくらいじゃ耐えられない寒さなのだ。とにかく足を動かす。スタジアムの外周通路を一周することにした。人間、考えるコトは同じみたいで、同じことをしているヤツらが大勢いる。視線が合うと、思わずニヤっとしてしまう。同類は、相哀れむ。
途中でケンタッキーを見つけ、熱いコーヒーを購入する。席に戻って口をつけるとすでに生ぬるい。
例のカップルの女はひたすら「寒い、寒い!」と連発する。男が、さりげなく手袋を脱いで、女に渡した。本当に出来たヤツだ。


6時20分。
後半戦、ゲームは一層膠着する。試合が動かないから、応援席も盛り上がらない。隣にいる友人は半分眠りかけている。ちょっと危険な気がして揺すり起こす。スタジアムで遭難なんてね。雪山じゃあるまいし。
例のカップルの女は、相変わらず「寒い、寒い!」を連発している。男が、さりげなくマフラーを外し、女に渡した。フリース一枚だけになった男が、寒風の中で震えている。


6時45分。
タイムアップ5分前。なんだか退屈なゲームだったな、と思い始めた途端、唐突に試合が動いた。それしかないアマラオの突破をヴェルディのディフェンダーがついに許した。キーパーと1対1。抜群のキレで抜き去るアマラオ。その瞬間、あろうことかキーパーがアマラオの足を手で払った。

PK。おまけにキーパーはレッドカードで一発退場。このまま終わるコトを半ば覚悟していた観客席は、突如訪れた同点のチャンスに突然盛り上がった。
PKのキッカーはロペス。ハッキリ言って、ここまで全く目立っていない。
なんとなく複雑な心境でそれを見守る私。確かにこれが決まれば試合は盛り上がる。だけど『1−1』になれば、おそらくは延長戦。この寒さに耐える時間が更に続くコトになる。周囲から「ロペス、ロペス」の大合唱が始まる。自暴自棄になってねえか?あんたら。
そして運命のボールは……ギリギリ、バーに当たってゴールに吸い込まれた。


6時50分。
延長戦開始。一人少ない相手に、FC東京の猛攻が続く。なぜか突然目立ち始めたロペス。ヴェルディが前園を投入する。やっと反撃を始めるヴェルディ。個人技でゴール前に迫る前園。しかし最後の一人をかわせない。
スタンドから『アマラオ』コールが沸き起こる。唯一の飛び道具がアマラオ故に、FC東京は弱くて強い。アマラオさえ押さえれば怖くないチーム。だけどそのアマラオの突破を、90分間完全に防ぐのは至難の技なのだ。
ゲームはノーガードの撃ち合いっぽくなる。今更ながら盛り上がる客席。なんかやけくそっぽくて素敵だ。

例のカップルの女は、未だに「寒い!」を連発している。もう一万回は繰り返されたであろう、その言葉。男は、……あろうことか、唯一残されたフリースのチャックに手をかけた。脱ぐのか? それさえも脱いで渡してしまうのか? 私と友人は、ある意味試合を見るよりも熱い視線を男に送る。男の気持ちが揺らいでいるのが見える。女は、1万1回めの同じセリフを繰り返し、男をじっと見つめた……

男は、タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格などない。

かくして、男のフリースは女の膝上に位置をしめた。嘘のようだが、これ、ちゃんと実話です。

今日の教訓。
『東京スタジアムに彼女を連れていく男は、厚着でなければならない』

そして男の受難は続く。試合は延長前半でも決着がつかず、後半へ。


7時。
Vゴールを決めたのはロペスだった。流れの中で彼が機能したのはこの時限りだったと思う。一度のPKと、ただ一度の流れの中のチャンス。ロペスは決してチームにかみあってなかったし、アマラオとのコンビネーションもお世辞にも良かったとは言いがたい。しかしそれでも、2回しかなかった決定機にキチンと結果を出した。これもまたサッカーだし、それがフォワードの仕事なのだと思う。(日本代表のY沢君に見習って欲しい)

延長後半40分から突然ゲームは別物になった。そして勝者と敗者が入れ代わった。
喜びを爆発させる東京イレブン。その脇で、三浦淳宏が座り込んでいるチームメイトの肩を、そっと叩いた。勝負事というのは、えてして敗者に、より多くのドラマを与えるものなのだ。
決して好きじゃなかったヴェルディというチームを、今期はちょっと応援してみようかなと思った。そう思えたとしたら、このゲームは多分私にとって悪くない試合だったのだろう。


来てよかった。また来るぞ、東京スタジアム。

願わくば、『彼』にもそう思ってもらいたい。おそらく、スタジアムにいた誰よりも寒い思いをした彼にだ。私を一番感動させたのは君なのだ。今日の君は誰よりも『男』だった。ただし……

一言、言わせていただけるなら、君はスタジアムに連れて来る相手の選択を、多分間違えている。次回、君がここを訪れる時、その隣席には別の女性が座っていることを、願ってやまない。