アマラオに教育的指導の夜
〜 FC東京 vs 清水エスパルス 観戦記 (01年8月25日)


6時30分。試合開始。

スタジアムはほぼ無風、快晴。
『暑さ』もしのぎ易い程度。プレーするにはともかく、観戦する側にはすこぶる快適。適度に暑くてビールが上手い。いやが上にも期待が高まる絶好のコンディション。

試合は序盤からFC東京のペース。早速ケリーから、何度もチャンスを作る。決定的なシーンもあったが、アマラオの放ったヘディングシュートは惜しくもバーの上。スタンドから歓声とため息が漏れる。

幾つかミスをしながらも、試合のペースを渡さないFC東京。ミスでボールを奪われても、すぐにボールが戻ってくるのだ。なにかヘンだなぁと思っていたら、エスパルスがおかしいコトに気づいた。得意のサイド攻撃が影を潜め、肝心要の中盤でギクシャクしている。時折、アレックスが鋭い出足を見せたりするのだが、連繋が悪いからボールはすぐにFC東京ディフェンダーの網にかかってしまう。

よく見たら、清水はいつものスリーバックではなく、市川を加えたフォーバックで戦っていた。おそらくは、絶好調の『ケリー-アマラオ』を押さえるための戦術。皮肉にもそれが清水のボール運びを決定的に悪くしている。なおかつ、右の市川がディフェンスに専念しているため、清水の武器である両サイドのオーバーラップがかけられない。いい時の清水は、アレックスを押さえたかと思えば、すぐに右に展開して市川へ、そっちにディフェンスを傾ければすかさず左のアレックスにボールが戻る、というように両サイドから波状攻撃をかけてくるのだ。この日の攻撃は単調に左のみ。おまけにせっかく人数を増やしたディフェンス面でも、どこかギクシャクしていてケリーの突破を止められない。

これだけヒドい清水は初めて見た。ゲームとしての面白みには欠けるものの、こうなればFC東京の先制点は時間の問題。
案の定、再びアマラオに決定的なパスが配給される。ヘディングシュートは、しかしまたしてもバーの上。「あーーっ」とスタンド中が頭を抱えたその時、
その日最初の不気味な声が私の耳に届いてきた。

「何やっとるか、バカ! ヘディングはなぁ、叩きつけるんだよ!」

声の主は私の右隣。見ると推定年齢50才程度の、小柄だが目つきの鋭いオジさん。それを皮切りに、オジさんは堰を切ったかのように荒らげた声をフィールドに飛ばし始めた。

「ユキヒコ、左へ行け!ほらみろ、左が開いてる。どこ見てんだ! 左だと言うのが分からんか!」

どうやら熱狂的なサポーターらしい。年配の方だけあって、風貌には威厳と風格があるのだが、声援はどこか妙だ。全て命令調。しかも……その命令する口調がなんだか『ヘビー』なのだ。

「小峯、アレックスに付け! なんでアレックスをフリーにするか!小峯!付けって言うのがわからんか!」

思わず、「あんたは監督か?」と突っ込みを入れたくなる。確かにサポーターというのはえてしてそうしたモノで、スタンドに2万人観客がいれば2万人の監督を抱えて選手はプレーするコトになる。私だって似たようなコトを叫ぶコトがないわけじゃない。「今のは自分でシュートだろ!フミタケ!」とか、「藤山、土肥にバックパスはやめてくれー」とかね。だがこのオジさんの物言い、それにしても横柄なのだ。

アレックスが久々に突破を見せて、FC東京のピンチ。何とか失点はまぬがれたものの、危ないシーンだった。

「ほらみろ!言わんこっちゃない。アレックスをな、フリーにしちゃイカンと言っただろうが、小峯! 分かったか、小峯!」

確かにその通りなのだが、しかし「言っただろうが」と言われても、あなたの声、たぶん小峯には届いてなかったと思うんスけど……。
このオジさん、何かにつけて選手を怒鳴っている。声援ではなく、叱りつけているのだ。しかもその叱り方が何と言うか、暗いのだ。だから聞いてるこっちまで、なんだか気持ちが暗くなっていくのだった。

「ほら、右だ!パス出せパス。なぜ出さないか!右だと言うのが分からんか!」

「わからんか!」と言われてもねぇ。この物言い……ずーっと誰かに似ているなぁと思っていたのだが、思い出した。高校の頃の体育教師だ。やっぱりいつも命令調で、しかも横柄で、その上暗いヤツだった。あらためて、オジさんの顔を見る。もしかしてこのヒト、体育教師なのか?

「浅利! 中につめろ! つめろというのが分からんか!」

思い返してみれば試合開始からずーっとオジさんは、選手を教育していたのだった。一観客から逐一教育される選手も大変だ。(聞こえてないだろうけど)

右サイドをケリーが突破して、中央へ。再びアマラオのヘッド。しかし、またしてもボールはバーの上。

「アマラオ!叩きつけろというのが分からんか! バカが!」

このオジさん、普段からずーっと、こういう物言いなんだろうか。だとしたら周囲の人にちょっと同情してしまう。

「かあちゃん、今日のご飯は豚カツだ! バカが! なぜ豚汁なのか!豚カツだというのが分からんか!」


0−0で前半は終了。後半に入っても、ゲームは依然FC東京のペースで進む。セットプレーで何度か危ない場面をつくられるが、アレックスのフリーキックはことごとくバーに嫌われる。運にも見放された感じの清水エスパルス。

そして後半25分。待望の先制点がケリーのヘッドで生まれる。歓喜するスタンド。オジさんはと見れば……立ち上がるでもなく、じっくりとフィールドを睨んでいる。得点シーンにはあまり興味がないらしい。オジさんの興味は、あくまで選手を叱りつけるコトだけなのであった。


しかして、その僅か5分後。一瞬の隙を突かれて、横山に同点ゴールを決められる。爆発するオジさん。ここぞとばかりに選手を叱りまくる。

「バカが! 得点した直後の守りに気をつけろと言っただろうが!」

そんなハナシは聞いていない気もするが、まあその通りなのだ。事実、清水は息を吹き返してしまう。それまで影を潜めていた市川が果敢にオーバーラップを始める。ほとんど『死に体』だったチームが、たった一つの得点で生き返ってしまったのだった。


終盤戦。押されまくるFC東京。まだ同点なのだが、どうもムードが良くない。オジさんは快調に指導を続けているが、このヒトの指導を聞いていると、どうも勝てる気がしなくなってしまうのだ。

何とか作ったチャンスに、再びアマラオがヘディングシュート。しかしまたしてもボールはバーの上。

「アマラオ……貴様ってヤツは……どうして俺の言う通りにやらんのだ!馬鹿が!」

再びオジさんの指導パワーが炸裂する。なんだかこのヒトが直接アマラオに説教している姿まで目に浮かんでしまう。大きな身体のアマラオが、想像の中で肩身狭そうにオジさんの前でうなだれている。

それにしても、この日のアマラオは不思議だ。チャンスにはことごとく絡んでいたから、動きは悪くないハズ。なのにシュートは決まってバーの上。いつものスナイパーのようにゴールネットを射抜くヘディングが、全てちょっとずつ上にずれてる感じなのだ。どうしたんだ、アマラオ。寝違えでもしたのか、アマラオ。それとも何かあって、頭の傾斜の角度が変わってしまったのか、アマラオ。アマラオに、何が起こったのだ?


結局……ゲームは延長までもつれたものの、最後は市川にシュートを決められてVゴール負けとなったのだった。途端に虚脱感に襲われる私。

勝てる試合を落した……それがこの試合の率直な感想だ。
清水の出来は最悪だった。少なくとも、後半31分の得点シーンまでは。それでも、悪いなりに何とかしてしまう所が清水の強さだし、眠った相手を眠ったままにしておけない所が、FC東京の『勝ち方』を知らない部分なのだろう。もちろん、敗戦は誰のせいでもないのだが、少なくとも3度はあった決定的なチャンスを、アマラオが決めてくれてさえいたら……。

オジさんは、敗戦が決まった瞬間、「馬鹿が!」と一言、吐き捨てるような捨てゼリフを残し、そそくさとスタジアムを後にした。もしかしたら……私の脳裏に奇妙な仮説が浮かぶ。いやいやそんなワケはないのだが、どうしてもそんな考えが頭から離れなくなってしまった。

もしや、オジさんの教育的指導に、アマラオ、固くなってしまったのか、と。