『しんとしん』とはなにか?



新都心。言うまでもなく、新しい都心のことですね。ちなみに『都心』を辞書で引いてみると、こうあります。

  としん【都心】  首府、更に一般には大都市の中心部。
                (〜岩波国語辞典第三版より)

つまりは首都。それが転じて、一般的には大都市の中心部のコトも『都心』と呼ぶようになったワケですね。でもまあ、普通に考えれば都心と言えば丸の内界隈。で、新都心は新宿……だと思ってたのですが、どうも私の認識は間違っていたようです。

では、一体『しんとしん』とは何なのか。


先日、所用で1年ぶりに高崎線に乗ったのですね。『アーバン』という、ちょっと気恥ずかしい名前の快速電車に揺られながら、うとうとし始めた矢先のこと。ちょうど浦和と大宮の間くらいでしょうか、通過した駅の駅名看板が、ふと目に入った。
……。……。……。
その刹那、私はでんぐり返りそうになっていた。冗談抜きで本当に座席から転げ落ちるところでしたね。思いがけない不意打ちは、時として人を無防備にするのです。その後しばらく、私はただぽかんと口を開けたおまぬけな顔で呆然としていたワケですね。そこには、こう書かれていたのです。

さいたましんとしん

……。
『さいたま新都心』。いったい誰がこんな名前を駅名にしたというのか。都心……で、さいたま。しかも新しいのだ。しかも快速電車は通過するのだ。私は激しく混乱した。


断っておきますが、私は埼玉をバカにする気はさらさらないです。埼玉、いいじゃないですか。都会です。少なくとも私の生まれ育った田舎と比べれば大都会もいいところ。なおかつ、今回の合併で『さいたま市』は全国でも有数の大都市となったコトですし。私が問題にしているのは、あくまでもネーミングのこと。
例えば……地方のとある村が新しく公民館を作ったとするでしょ? 町の名前は、まあ仮に山奥村としましょうか。で、新しい公民館が出来た土地にこう名付けたらどうでしょう。

山奥村新都心。


だいたい、地元の方はちょっと困りますよね? 私なら困る。自分の家の最寄り駅の名前が『しんとしん』。……ちょっとどころか、随分困る気がするけどなぁ。
例えばタクシーに乗りますよね。「どちらまで?」と運チャンに聞かれて、
「しんとしんまで」
私はイヤだ。少々遠くなっても思わず隣の駅名を言ってしまうに違いない。第一、運チャンにこう聞き返されたらどうすればいいのだ。
「兄ちゃん、新都心っつうのは新宿かい? それとも最近出来た、アレかい?」
私なら、用事もないのに新宿に行ってしまうに違いない。

例えば、改札を抜けた女の子がカレシにケータイするとしますよね。
「ごめーん、遅くなっちゃったー。迎えに来てくれると嬉しいんだけどー。ついでに夜のドライブなんか行っちゃおうよー」
カレシ、結構満更でもなくて、迎えに行くとします。
「おう、いいぞ。で、お前、今どこにいるんだよ?」
「……ん? 駅だよ」
「だから、どこの駅だよ?」
「……し、……し、……」
私ならドライブはあきらめて歩いて帰るに違いない。


しかし、まあ、天下のさいたま市ですからね。今は快速が止まらなくても、そのうち市の中心地として大いに栄え発展させる心づもりなのでしょう。ですよね? だからこその新都心。そう言えば、私、あまりよく見ていなかったのだった。呆然としたまま通りすぎてしまったために駅の周囲は殆ど見えていなかったのですね。もしかしたら既に『しんとしん』の名に恥じぬ、超ハイカラな都市として生まれ変わっているかもしれない。そう、SFで見かけるようなパイプラインのエアシューターなんかまで常備されてるかもしれない。きっとそうなのだ。それでこそ『しんとしん』の名に相応しい。

だから、その日の帰り道、私はワクワクしながら電車に乗っていたのです。電車が……やがてその駅にさしかかる。思わず目をこらし、駅周辺を眺めてみる私。
……。

『しんとしん』の駅前には、イトーヨーカドーがぽつんと建っていた。


戻る